太平洋赤道域の海面水温が高くなる「エルニーニョ現象」は、数年おきに繰り返される自然のサイクルのひとつである。この現象が発達するたびに世界中の気象機関と研究者が神経をとがらせるのは、海にため込まれた熱が大気に放出されると、地球の反対側の雨や気温までが連鎖的に動くからだ。
そのエルニーニョ現象が、いま観測史上でも例のない規模に達しようとしている。いったい何が起きているのか、そして何が起きうるのか──。
エルニーニョ現象とは?
エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけての海面水温が平年より高くなり、その状態が1年ほど続く現象を指す。海洋に蓄積された熱を大気へと押し上げる自然の気候サイクルであり、数年おきに発生する。
米海洋大気局(NOAA)はエルニーニョ現象の判定に、太平洋赤道域の中部に位置する「Niño(ニーニョ)3.4」と呼ばれる海域の3カ月平均の海面水温を使う。これが平年より0.5℃以上高い状態が1カ月ずつずらして5回続くか続くと予想されること、さらに貿易風や降雨にも変化が現れることが、エルニーニョ現象の基準となる。判定基準は国際的に統一されておらず、日本の気象庁は一部が重なる東寄りの海域を独自の基準で監視している。
特徴のひとつが、東から西へ吹く貿易風が弱まることで、暖かい海水が東部熱帯太平洋へと押し寄せて滞留し、海面水位が上昇すること。エルニーニョ現象が過去最強クラスだった1997年と2015年には、海面水位が平年より18cm以上も高くなった。
海水温の変化は大気の流れにも影響を及ぼし、世界各地の天候に連鎖的な変化をもたらす。米国では冬に南東部や南西部で降雨が増える一方、大西洋のハリケーンシーズンは比較的穏やかになる傾向がある。
一方で、インドネシアやアフリカ南部では干ばつのリスクが高まるなど、影響の現れ方は地域によって大きく異なる。日本では夏に気温が下がり冬は暖かくなる「冷夏・暖冬」の傾向が知られている。ただし、実際の天候はエルニーニョ現象だけで決まるわけではなく、直近の2023〜24年には記録的な猛暑となった。
スーパーエルニーニョ現象とは?
海面水温が平年より2℃以上高くなる特に強いエルニーニョ現象は、「スーパーエルニーニョ現象」と呼ばれることがある。統一された定義がなく、発生回数も研究によって異なるが、これまでに1982〜83年、97〜98年、2015〜16年、23〜24年などが挙げられている。
1982〜83年にスーパーエルニーニョ現象が発生した際には、米国のコロラド川流域が記録的な大雪に見舞われ、春の高温と雨が重なって流量が平年の1.5倍を超えた。上流の貯水池が次々と満水になって緊急放流を迫られ、ミード湖もほぼ満水となってフーバーダムの放水路から約40年ぶりに水があふれた。この結果、流域では大きな洪水被害が生じている。
また97〜98年には、インドネシアが過去半世紀で最悪とされる干ばつに見舞われた。直近の2023〜24年には、アフリカ南部で過去100年以上で最悪とされる干ばつが発生し、約6,100万人が人道支援を必要とする事態に陥った。
NOAAの2026年8月の予測によると、この秋から冬にかけて「非常に強い」エルニーニョ現象になる確率は90%を超える。10〜12月に1950年以降のどの事例をも上回る規模になる確率も、69%に達するという。気候モデルのなかには、平年より3℃を超える上昇を予測するものもあり、その場合は観測史上最も強力なスーパーエルニーニョ現象となる可能性がある。
水温も発達のペースも今年は異例
気候科学者による分析によると、14の予測システムによる667通りの計算結果の中央値をとると、ニーニョ3.4海域の海面水温は長期的な温暖化の影響を除いても平年を3.6℃上回る水準まで上昇しうるという。これは2015〜16年のエルニーニョ現象が記録した過去最高を約0.8℃上回る規模だ。過去150年間で最も強かった事例と5番目に強かった事例の差がわずか約0.5℃だったことを踏まえると、異例の水準といえる。
日本の気象庁も8月10日、この春から続くエルニーニョ現象が100%の確率で冬まで続く見込みだと発表した。気象庁が独自に監視する「Niño(ニーニョ)3」海域では、7月の海面水温が基準値より2.5℃高く、7月としては1949年以降で1997年と並ぶ最高となった。ピーク時の水温は、過去最も高かった1997年に匹敵すると予測されている。
今回のエルニーニョ現象は、発達のペースも例年より速い。2015年のエルニーニョ現象はすでに海面水温が上昇していた状態から発達したのに対し、今回は海面水温が平年より低いラニーニャ現象に近い状態から始まった。それにもかかわらず、1997〜98年のスーパーエルニーニョ現象と比べても、さらに急速に発達しているという。
エルニーニョ現象が世界の平均気温に及ぼす影響が本格的に現れるまでには時間差があり、今年蓄積された熱の影響が顕著になるのは来年以降とみられる。分析では、2027年の世界平均気温が産業革命前と比べて約1.7℃高くなる可能性が示された。
それでも、すでに兆しは表れている。26年が観測史上最も暑い年になる確率は4月時点の19%から、7月時点には35%まで上昇した。実際の影響も各地で現れており、ペルー沖では海水温の上昇で漁場が変化。ペルー政府は今春のカタクチイワシ漁の枠を前年比36%減の約191万トンに抑え、操業停止を繰り返した。
米西部では、今回のエルニーニョ現象が本格化する前から水不足が深刻だ。2025年秋から26年春にかけての記録的な高温と少雨で、多くの州では積雪水量が平年の50%を下回った。米西部では1年間に川へ流れ出る水の約53%、山岳部では約70%が雪解けに由来するとされ、7州・約4,000万人の水源であるコロラド川流域にとって深刻な懸念材料となっている。雪が早く消えれば地表も早く乾くことから、山火事のシーズンが長引きやすい。
エルニーニョ現象による経済的な打撃も見過ごせない。1997〜98年のエルニーニョ現象がもたらした異常気象の影響で、その後の5年間で世界の所得が累計約5兆7,000億ドル失われたとされる。
現在の予測が正しければ、今回のエルニーニョ現象による経済損失は、2032年までに累計約10兆ドル(約1,600兆円)に達する可能性があるという。ただし、これほどの規模のエルニーニョ現象は過去に比較できる事例がなく、予測の正確性には疑問も残る。
ラニーニャ現象とは?
エルニーニョ現象と対をなすのが、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く「ラニーニャ現象」だ。エルニーニョ現象と同様に、海洋と大気が相互に影響し合うことで生じる自然な気候変動の一種で、数年おきに繰り返し発生している。
ラニーニャ現象は、貿易風が平年より強まることで暖かい海水がより西側へ押し寄せ、東側の深層から冷たい海水が湧き上がることで発生する。この現象について日本の気象庁は、監視海域の海面水温を5カ月分ならした平均値で判定する。この値が基準値より0.5℃以上低い状態が6カ月以上続けば、ラニーニャ現象とされる。
影響の現れ方もエルニーニョ現象とはおおむね逆になる。インドネシアやオーストラリア北部では雨が増える一方、ペルーやエクアドルの沿岸は乾きやすい。大西洋ではハリケーンの発達を妨げる上空の風が弱まるため、シーズンが活発になりやすい。
日本では、夏は太平洋高気圧が本州に強く張り出し、北日本を中心に気温が高くなる傾向がある。冬は季節風が強まり、冬の前半は東日本と西日本で気温が平年並みか低く、北日本の日本海側では降水量が多くなりやすい。
今回のエルニーニョ現象は、ラニーニャ現象に近い低い水温の状態から始まっており、平年並みの水温を経て急速に発達した点が異例だ。エルニーニョ現象は2027年春まで続く可能性が高く、26の予測モデルを統合したコロンビア大学の見通しでは、それまでにラニーニャ現象が発生する確率はゼロとされている。エルニーニョ現象の後にいつラニーニャ現象が訪れるかは、まだ見通せていない。
(Edited by Daisuke Takimoto)
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