- AIをこう使う:
→画像解析 - 解決すること:
→緑内障の視野検査の負担 - 実現すること:
→数秒の撮影で検査を容易に
薄暗い部屋でドーム状の装置をのぞき込み、周辺に現れる微かな光が見えるたびにボタンを押す──。緑内障を疑われた患者は、視野が欠けていないかを調べるこの検査を、生涯にわたり年に数回ほど受け続けなければならない。
検査は片方の眼につき数分以上かかるうえ、一瞬の光も逃さない集中力を患者に要求する。だが、高齢者や体調が優れない患者にはこうした検査の過程が負担になり、数値のぶれが生じて安定したデータをとりづらくなってしまう。
この検査の負担を取り除こうとしているのが、自治医科大学・筑波大学発のスタートアップであるDeepEyeVisionだ。中核となる技術は、人工知能(AI)が目の断層画像に基づいて視野を推定する仕組みにある。
患者は光干渉断層計(OCT)と呼ばれる装置をのぞき込み、数秒ほど待つだけで撮影が終わる。数分以上も集中する必要がないうえ、体調による結果のぶれもない。あとは撮影された100〜200枚ほどある網膜の断面データをAIが解析し、眼底の立体的な形状に基づいて患者が「どのように見えているか」を示す視野の分布図を即座に推定する。従来の検査方式とは比べものにならないほど簡単だ。
運も味方した技術開発
DeepEyeVisionを創業したのは、眼科医で筑波大学教授・自治医科大学准教授の髙橋秀徳である。眼科向けの画像診断支援AIの開発と、眼底画像の遠隔読影サービスを事業の二本柱としている。いずれも重要な位置を占めるのが眼底画像の解析だ。
眼底画像の解析に特化した理由について、髙橋はその「単純さ」を挙げる。撮り方が多様な皮膚などとは異なり、眼底写真はどのカメラでもほぼ同じ条件で1枚に収まるので、AIによる解析に向いていたのだ。「眼底写真は深層学習が登場する以前から研究が進められていて、医療画像のなかで真っ先にAIが実用化された分野だったんです」
創業の原点は研究室にあった。2015年ごろ、深層学習(ディープラーニング)による画像認識の精度が人間を上回ったことを知った髙橋は、これを新たなテーマと捉えて自費で高性能なPCを購入し、眼底写真を読み解くAIの研究を始めたのである。
運も味方した。所属する講座の前任教授が糖尿病の専門家で、自ら読影した何万件もの眼底写真を残していたのだ。診断結果とひも付く揺るぎない教師データである。
こうして半年足らずで成果が出ると、髙橋は学会発表の前に特許を出願し、2016年5月にDeepEyeVisionを立ち上げた。すぐに眼底カメラのメーカーへの売り込みを始めたが、「眼科医の仕事を奪いかねない技術を売ることはできない」と断られ続けたという。
そこからの事業化は試行錯誤の繰り返しだった。このとき開発していたのは、眼底画像から病名の候補そのものを提示するAIだったが、診断に踏み込むAIへの国の審査は始まったばかり。承認のハードルは高く、それを乗り越えるだけの資金を集めることも難しかった。
そこで髙橋は病名の提示をあえて封印し、健常な目のデータからどれだけ外れているかを示す機能に絞って製品化する道を選んだ。この方法なら、認可までのコストは10分の1程度で済む。
こうして最初に世に出たのが、ニコンの眼底カメラと組み合わせて使う「DeepEyeVision for RetinaStation」だった。健常な眼のデータベースから外れた箇所を色で示し、専門医でなくても異常を判別しやすくなる。
そのうえで次に挑んだのが、緑内障の視野検査だった。26年1月に販売を始めた「AI-CO(アイコ)」は、近赤外線でOCTが撮影した100〜200枚の網膜の断面像を3Dデータとして読み込み、そこから視野の分布に相当する濃淡の画像を生成する。これを医師は実際の視野検査の結果と見比べられるわけだ。
開発にあたっては、こうした3Dデータを何万件も学習させた。これにより従来の自己申告式の検査を上回る安定した精度に到達したのだと、髙橋は説明する。同様の精度を実現した研究報告は、世界でもまだ例がないという。
眼底から全身疾患を読み取れる世界を目指して
AI-COの導入目標は、国内に約10,000カ所ある眼科のうち、OCTを備えるすべての施設に展開すること。現時点で導入は全国の十数カ所だが、どれだけ優れた製品でも普及に長い時間がかかると、髙橋はみている。医療分野とあってはなおさらで、長期戦を前提に地道に導入実績を積み上げていく考えだ。
「眼底には、性別すらほぼ100%の精度で判定できるほどの情報が眠っているんです」と、髙橋は言う。医療機関の各科に散らばるデータを統合的に学習させれば、眼底から全身疾患の兆候を読み取る道も開ける。
眼科の専門は白内障、緑内障、網膜疾患と細分化しているが、患者は訪れる医師の専門を知るよしもない。どの眼科医のもとにどんな患者が来てもAIが支える──。そんな考えのもと、製品名の「AI-CO」にはAIがコパイロット(副操縦士)のように医師に寄り添う存在になるという意味を込めた。
失明を大きく減らすこと、そして医療を効率化し、患者と医師の双方の負担を軽くすること。その先に、目から得られる情報のすべてを医師が患者に還元できる世界を、髙橋は目指している。
(Interviewed by Daisuke Takimoto, Text by Tomoro Kato)
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