かつて、わたしたちは人工知能(AI)という未知のテクノロジーに、人間の想像力を拡張する「新たな探索」の夢を託していた。しかし現在、目の前に広がるのは、もっともらしいテキストや画像が瞬時に生成される世界だ。それはまるで魔法のようだが、同時にどこか息苦しさをも伴っている。
AIと人間の創造性の関係をいち早く考察した前著『創るためのAI』から5年。徳井直生は、「これが本当にわたしたちが期待したAIの姿だったのだろうか?」という拭いきれない違和感を出発点に、『創るためのAI』から一歩立ち戻り、人間の「つくる」行為とAIの関係性を根底から問い直す。
新刊『つくることとAI』で明かされるのは、生成AIの仕組みと裏側に潜む罠、そしてこれからの時代における「つくる」ことの真義だ。生成AIの本質と可能性を、A(自動化と均質化)、B(ボット化)、C(消費財化)、D(浸透)、E(探索)という「ABCDE」と、F(フクセイ技術)という切り口から整理し、「生成」と「複製」のあいだにあるグラデーションに迫る。
かつて意味を探求した広大な図書館は、いかにして「それっぽさ」の迷宮へと変貌したのか。5年の歳月を隔てて描かれた「ふたつの図書館」の風景から、現代における創造性の行方をひもといていく。
バベルの図書館
昔々あるところに巨大な図書館がありました。それはそれは広大な図書館で、過去に書かれた本はもちろん、これから書かれるかもしれない本、いえ書かれる可能性がある本すべてが収められていたといいます。すなわち、abcから始まる26のアルファベットとスペース、クエスチョンマークなどを含む30文字のありとあらゆる可能な組み合わせを網羅するすべての本の集合です。しかも蔵書はすべてそれぞれに異なっていて、同一の本が二つとないことがわかっていました。
ある日この図書館に迷い込んだわたしは、適当に書架から本を取り出してみました。最初に手に取った本は、こんな書き出しで始まっていました。
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次に手に取った本はこうでした。どうやら本の並びに、わかりやすい規則はないようです。
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この図書館にある本のほとんどは、こんなでたらめな文字列で構成されていることでしょう。すべての可能な組み合わせの本が収められているのであれば、どこかに最初から最後まで「a」が続く本が必ずあるはずですし、その最後の一文字だけが「b」に変わっている本だってあるはずです。すべてがスペース「 」から構成された空っぽの本もあることでしょう。
一方で、『ハリーポッターと賢者の石』もあれば『聖書』もきっとこの図書館のどこかに収められていたはずです。さらには明日の『ニューヨーク・タイムズ』の朝刊も明後日の朝刊も収蔵されていたことでしょう。
こうして、わたしはどこかに存在している、ハリーポッターの新作『ハリーポッターとAIの黒魔術』、夏目漱石のパロディ『嬢ちゃん』、太宰治の『グッド・バイ』完結篇を探して、この図書館の中を探し歩くことになりました(それぞれ英語のアルファベットで書かれているものとします)。
数十年かけて寝食を忘れて探し回った結果、ある日、「この本は、Artificial Intelligence(AI)=人工知能を用いたアートや音楽に関する取り組みを題材に、人間の創造性とAIの関係、その未来像についての考察をまとめたものです。」で始まる本に出会います(この本もアルファベットで書かれています)。
誰がこの本を書いたのか、わたしは訝しがりますが、本には著者の名前が書かれていません。そもそも、ありとあらゆる組み合わせの本が存在している中で、誰が書いたのかは重要なことなのだろうかとも考えます。わたしが「新しい」本をこれから書いたとしても、その本はすでにこの図書館のどこかに存在しているのです。だとしたら、この世の中に「新しい」本、まだ書かれていない本という概念自体があり得ないことになるのでしょうか。
わたしはこの本を出版社、BNNの編集者に見せてみることにしました。編集者は「こんな本は見たことがない。話題が飛躍しすぎるきらいもあるが、時代のニーズにも合っていることだから、出版しよう」とわたしに言います。
こうして出版された本が、あなたが今、手に持っている本です。
……
仮にそうだとしたら、誰がこの本を書いたことになるのでしょうか。「わたし」の行為は創造的なのでしょうか。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ここまでの設定はアルゼンチンの作家、ルイス・ボルヘス(Luis Borges)の短編小説『バベルの図書館(La biblioteca de Babel)』をベースにしています。
この小説の主人公は、一人の司書です。文字のあらゆる組み合わせをすべて網羅する図書館の中で生を受け、仲間の司書同様、意味のある本を探して図書館を彷徨いながら一生を過ごす定めにある、という設定です。
もしあなたがこの司書だったとしたら、どのように本を探すでしょうか。
※以上、『創るためのAI ─機械と創造性のはてしない物語』(2021年初版刊行)より抜粋
バベルの図書館のその後
昔々あるところに巨大な図書館がありました。それはそれは巨大な図書館で、過去に書かれた本はもちろん、これから書かれるかもしれない本、いや書かれる可能性がある本すべてが収められていたといいます。すなわち、abcからはじまる26のアルファベットとスペース、クエスチョンマークなどを含む30文字のありとあらゆる可能な組み合わせを網羅する、すべての本の集合です。しかも蔵書はすべてそれぞれに異なっていて、同一の本が二つとないことがわかっていました。
ある日この図書館に迷い込んだわたしは、『ハリーポッターと賢者の石』や『聖書』を見つけました。さらにはハリーポッターの新作『ハリーポッターとAIの黒魔術』、夏目漱石のパロディ『嬢ちゃん』、太宰の『グッド・バイ』の完結篇なども(それぞれアルファベットで書かれているとします)簡単に見つけることができました。今日の日付の新聞だけでなく、明日や来年の日付の新聞もあります。
驚いたことにそれらには無数の異なるバリエーションがあるようで、ある階の棚は一文字ずつ違う『AIの黒魔術』が、見渡す限りの本棚を埋め尽くしていました。
試しに一冊の本を棚から取り出してみると、どこからともなく現れたロボットが空いたスペースを別の本で埋めていきます。その本はわたしが手に取った本とは、数文字だけ異なっているようです。
たまたま手に取ったハリーポッターの本を別の階の棚に差し込んでみると、またロボットが現れて周りの本を一斉に動かしはじめました。新しくできたスペースは、ハリーポッターが汽車に乗って銀河を旅する無数のストーリーで埋められていきました。どうやらこの階には宮沢賢治の本が収蔵されていたようです。
広大な図書館を三日三晩歩き回ったわたしは、おかしなことに気づきました。図書館の中心から外れていくにつれ、本の中に見たことのない単語や不思議な言い回しが増えていくとともに、虫に喰われたようなあとが目立ちはじめたのです。さらに歩みを進めると、本棚に隙間が少しずつ増えていくことにも気づきました。
図書館に入り込んでもう何日過ぎたことか。わたしはいつの間にか図書館の地下深い階に降りていました。いえ、実は天空高く聳える高層階にいたのかもしれません。外の世界を窺い知ることのできない図書館の中で、わたしは時間や場所の感覚を失っていました。そこでは巨大な本棚のほとんどが空で、一つの階で一冊の本に出会えるかどうかといった具合です。無惨に虫に食い荒らされた本の残骸らしきものが、その隙間には残されています。
あの老人に出会ったのは、そんな階の一つでした。濃い髭と深い皺に覆われた老人は、数冊の本を大事そうに胸に抱えながら、一心不乱に棚を漁っては図書館を彷徨っているようなのです。
「その本には何が書かれているのですか」
どこかで会ったことがあるような、微かな親近感を抱いたことに気づく間もなく、思わず話しかけてしまったわたしに、老人が見せてくれた本は、このような文で始まっていました。
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驚いたわたしに老人が語ったところによると、彼が若かりし頃のこの図書館はすべての棚がこんな本で埋まっていたといいます。それがある時、長い間隔絶されていた図書館に、虫が外界から舞い込んでしまい、ほとんどの本を食い荒らしてしまったというのです。
「確か『ソレッポサ』とか『モットモラシサ』という名前の虫だったかな。あとに残された本は、あんたも見ただろう、トランスなんとかとかいうロボットが勝手に並べよった。空っぽの本棚に残された変わった本を探しては集めているんだが、もうこんな本は見当たらんな。」と手に持った本を悲しそうに見つめます。
そんな無意味な本がたくさんあるよりも、理解できる本がちゃんと整理されて残されていればそれでいいじゃないですか、と聞くわたしに対して、彼は力無く首を振りました。
「確かにそうかもしれん。でも、もしかしたら見たこともない美しい響きのアルファベットの並びや、想像もしたこともない単語の組み合わせが、どこかに眠っていたのかもしれないじゃないか。」
そう言い残した老人は、図書館のさらなる辺境に向かってゆっくりと歩き出しました。老人の顔がわたしにそっくりだったことに気づいたのは、彼の背中がほとんど空っぽの棚の陰に消えた瞬間でした。
彼はまだ、未知なる文字の並びを求めて図書館を歩き回っているのだろうか。今でもわたしは、ふとした瞬間にあの老人のことを思い出すのです。
※以上、『つくることとAI ─生成と複製のあいだで』(2026年初版刊行)より抜粋
──
先のテキスト「バベルの図書館」の節は、AIの創造性を考える上で示唆的な喩えとして登場する。「AIによる創作」というと難しく聞こえるが、「AIによる探索」であれば少し可能性が見えてくる──創作行為の範囲を上手に十分に大きく、かつ有限の範囲に限定することができれば、創作は探索行為として考えることができ、かつ探索に必要なのは、探索空間内に存在する候補の良し悪しを評価するための評価関数と、効率よく評価の候補を選ぶための探索アルゴリズムだ──と。
後のテキスト「バベルの図書館のその後」の節は、まさに生成AIが普及した現在の光景だ。
かつて広大な無意味の海から、必死に「意味」を探し出そうとしていたわたしたち。しかし現在、図書館は「ソレッポサ」や「モットモラシサ」という虫に食い荒らされ、「トランスなんとか(Transformer=現代の生成AIの基盤技術)」というロボットによって、耳障りのいい本ばかりが自動的に整頓されるようになった。
わたしたちはいま、もっともらしい生成物を瞬時に手に入れられる魔法のような世界を生きている。しかし、老人が寂しげに語ったように、効率化と最適化の果てに「想像もしたこともない単語の組み合わせ」や「未知なる文字の並び」が生まれる余白を失っているかもしれない。
もし、未だ見ぬ表現を求めて図書館の奥深くへ向かうなら、ぜひ『つくることとAI』を携えて、歩みを進めてみてほしい。
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